こんばんは!
静岡は清水区で【お客様の満足度を上げる】ことを日々奮闘し追求しております
美容院 artee 代表 望月佳介です。
今回は最近私が感じた事を書いていこうと思います
2018/9/18
山本"KID"徳郁さんが逝去されました
心よりご冥福をお祈り致します
昔から格闘技・K-1の全盛期はTVにかじりついて私も夢中になってみていました
KIDさんといえばTOK/I BELIEVE の入場曲でカッコよく入場していたのを鮮明に覚えています(この曲がカッコよくて私もDJをしていた昔、このレコードを探し回りました 笑)
体は小柄でも大きな相手や総合格闘技でないK-1ルールで勇敢に立ち向かった魔裟斗さんとの名勝負
【気持ちいいくらいの勢い】を感じ、インパクトを与えてくれる選手でしたので本当に私も悲しいです
本当に自分にとってリスペクトできる方が逝ってしまうのは心が苦しくなります
あんなに身体を鍛えていた方なのに...まさかそんな若さで...と言ったネット上の声も目にしました
私も信じられませんが、本当に残念ですしまた魔裟斗さんとのワンマッチが見たかった一人です
本当に人が亡くなられるというのは悲しいことではありますが
そこから自分は何を感じ、自分はどう生きていくか?というのが最近感じている事です
人はやがてみんな誰でも死を迎えます
これは絶対的に(不老不死や蘇りなど確立されていない限り)皆平等です
こんな事を言うと、悲しいとか、ネガティブだとか思うかもしれませんが、決して私はマイナスな暗いイメージで言っているのではなくて、死というのは必然だからこそ皆向き合わなければならない事だと言う事です
例えば身体に良いことや習慣をやっていても、突然治らない病気になってしまうかもしれない
逆に身体に悪い事をやっているにもかかわらず、これといって病に悩まされず長生きするかもしれない
自分が悪くなくても、もらい事故で明日死んでしまうかもしれない...
つまりは何をしていても明日(未来)はどうなるかなんて誰にもわからないわけですよね
ネガティブな事を言っているのではないのですが、それならなおさら【今】自分がやりたい事をやるべきだし、挑戦したい事があるんだったら明日やろうじゃなくて【今日】何かアクションを起こすのが大事だって言われているように感じます
自分の寿命はいつまでなんて誰にも分からないけど皆平等なのは人生はたった一回きりと言う事
じゃあ身体を鍛えても結局最期が来るなら意味ないじゃないかとか、どうせ死ぬなら好きなタバコや習慣がやめられないとか....
そう言う事を言いたいんじゃないし、そうじゃない
人間は無限ではなく有限な存在であり、身体も有限、人生は一回きり
悲しい内容だとか、ネガティブな文面だと感じる方がいらしたら逆に私は悲しいですがそんな事を言いたいのではなくて
日常的に私たちが過ごしている毎日ではサバイバルな事を身近に感じる事がないと思いますが
事実として死は避けられない事であります
だからこそせめて自分の最期は自分が納得した人生でありたいと私は日常の中でふと思うわけです
私は変わってる? 笑
と言うか小さい時から楽しい場面に向き合った時こそなぜか子供だから素直に楽しんでいれば良いものを
「今、今日、この瞬間、めちゃくちゃ楽しい!けどもし今死んじゃったらこんな楽しい場面味わえないんだろうな,..」なんて余計な事をふと考えるクセのある子供でした 笑
その頃は言葉を知らない私からしたらこのような感情はどう表現しようもなかったわけですが
よく考えたらその頃から私にはそう感じる独特の死生観があったのかもしれません
そんな考え方は毎日の日常では大げさだと感じる方が多いかもしれません
毎日の当たり前の光景や、人との会話、してもらった事や、してあげたい事.....
ですが【生きる】とはいい意味で【死】を今ひとつ身近なものと捉えるからこそ
日々の小さな出来事にも有り難さや感謝する事ができ、自分を成長できるものではないでしょうか
有限な暮らしの中で一瞬一瞬、自分を大切に捉えて生活できたら素晴らしいものなのではと思います
皆、【人生一回】という中で共存しています
あなたの人生はあなたのもの
あなたの人生においてあなたの代わりなんてこの先もいないわけです
人生一回
あなたは何に挑戦しますか?